2025年6月から、前職の医療法人へ転職したけれど半年で2回休職を経験した
家族も子供もいるのに、2026年1月には会社より休職辞令が1ヵ月、そして就業規則上2度目の休職は退職扱いとなるため無職となってしまった。
年末年始はこれまでの人生の中で最も自分が自分でなくなってしまったような、存在の価値など無いと自分を責め続け、涙が止まらない、そんな日々だった。再就職できなければ、しかも生活水準が下げられないので給与ももらわなければいけない。そのプレッシャーが自分自身をとにかく追い込んでしまい、相談する場所もなく眠れない夜は薬に頼った。
両親に心配をかけることも致し方ないと、最悪は実家に帰ることも考え、両親に伝えた。
ただ、そんな中でも、心療内科を受診し、傷病手当を受給しながら転職活動を続けた結果、1社から内定をいただいた。
これまでの訪問歯科業界での経歴から、同じ医療分野、在宅クリニックのコンサルタント。
2月末まで休んで、3月から再出発。本社は東京のど真ん中、丸の内にある。
研修3日間で、社内オリエンテーションを受け、事務長業務も叩き込まれ、4日目からは介護施設と訪問看護ステーションの事務長として出向。
そして夏には在宅クリニックの開業に合わせ、そのクリニックの事務長も兼任することに。
どう考えても、「無理」とう言葉しか頭の中に浮かんでこなかったが、それでも年末年始の一度自分が壊れた経験と、会社員としての考え方、メンタルマネジメントを学んだことを自分に活かす。それだけを考えて、身を削りながらも3カ月が経とうとしている。
正直、何をすればいいのか、ルールも曖昧で責任だけ降ってくる職種なので普通の神経では仕事は続かない。
やはり蓋を開けてみたら前任者は昨年10月に休職もして退職していたそうだ。
どう考えても、コントロールできない。人の管理と数字の管理、制度の把握も。
今日現在も、どうにもならない状況で対応を迫られることが山のようにあるけれども、1つだけ違うことは、同じように悩んだりしている事務長仲間がいることだ。
毎日、わからないことばかり要求されるが、悩んだ時に思い出すのは、自分がいなくても会社は続くということ。やりがいなどはなく、人間関係に挟まれながら事務処理をこなし続けていく。
自分より2カ月前に入社した人間が上司として、社内ルールもわからない中私に「曖昧」な指示を出してくる。
もう、わからないことだらけな上に、出向元のBPOが臨機応変な対応をとることもなく、こちらが気を遣って処理をしている。
土日は相変わらず息子の野球が続いているし、息子もキャプテンをやりたくないと言っているが、もう少しの辛抱だから頑張れ。と自分に言い聞かせるようにしている。
多くの不安要素はあるけれども、究極、会社に行けば給与はもらえる。そして顔を合わせない人達がテキストベースでやり取りをしている。
私は、自分に余白がないので、人を助けたりしている場合ではないが、それでもこうして外に出すことで保っていることもあるし、もしかしたら支えきれないかもしれない。
それでも、今は耐えるときなんだと思う。悪い面ばかりに目を向けて自責思考にとらわれているけれど、
出向元は経営が厳しいということはないし、休日含めた福利厚生はある程度きちんとしている。
休みも取れるし、賞与もでる。退職金の設定もある。前職のように、昼夜構わずLINEが来ないし、休みの日もそれぞれに配慮がある。
正直、3カ月でわかったのは、全く仕組化されていることがなく、真面目に全部やっていたらパンクするし、前任者のように体調を崩してしまう。自己犠牲を選んで誰かを助けようとしてしまうと、本当の犠牲者となってしまうので決して何でも屋になってはいけない職種だと思う。
6割でいいから、前に進めること。ネガティブケイパビリティを思い出してある程度「放っておく」力も必要。長く働きたい気持ちは強いが、管理職としてさらに上を目指す気持ちに等ならないし、長く働く職場ではないのかなとも感じてしまう。
この1年で、土台が崩壊してしまったけれども、それでも物事を前向きにとらえていく必要性と、仕事なんて一人でやったら会社員の意味もないし、潰れないために適度な仕事量を自分で選ぶ必要がある。
できること、できないこと、区別しよう。
きっとなんとかなる。だから大丈夫。できようができまいが、もうわからないけれど、まずはどんなに忙しくても寝ること。食べること。遊ぶこと。これだけは守っていこうと思う。
奇跡的に待遇面変わらずに再就職できた。今日もぐっすり寝て、明日のカオスに流されよう。とにかく我慢しないこと。自分だけで何とかしようと抱え込まないこと。そこを変えたら、なんか景色も違うかもしれないな。
無理せず、仕事は実験だと思って頑張ってみよう。
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